人間は瞬峙にしておこないます。
二つの顔か非常に似ていても、区別することができるんです。
だからいま、良識のあるコンピューターサイェンティストは、人間に勝るような能力をもったコンピュータをつくれるというようには考えていないんです。
そうではなく、脳の生物学的な特徴を解明して、それをコンピュータに利用しようとする方向の人がたくさん出てきています。
Iよくコンピュータというと、ロボットも脳の役割を果たす指令系統にコンピュータをもっている人造人間ということで、人間のような感情をもたせることができるんじゃないかという試みもありますね。
人間にどの程度近くなるかは別にして、ある程度のことはできると思います。
感情というのも、結局脳のある部分が関与しておこっている現象の一つなんてすね。
ですから、そちらのほうの機構をうまく利用すれば、ある程度感情をもったコンピュータは、いずれはつくれると思いますけれどね。
いずれにしても、まだまだ先の話ですが。
I私か高校生のときに物理クラブに入りましたのは、一つにはアマチュア無線がやりたかったというのがありますが、もう一つは各クラブが自分のクラブをアピールするときに、たまたま私の学校の物浬クラブは、ロボットをつくって校庭を歩かせていたんですね。
そのロボットがあまりにもかわいかったので、まんまとはまってしまったというのがあります(笑)。
ロボットも口進月歩でとても進化しているわけですが、やはり人間の脳のすばらしさには、はるかに及びませんよね。
利根川いまのところはね。
最近はエレクトロニクス関係の会社が、いろいろなことができるロボットを開発していますけどね。
Iそうですね。
ぺットの代わりとかいろいろありますね。
ありますが、まだまだシンプルなことしかできないですね。
人間の人間たるゆえんとはI私は現在のように人間の遺伝子が全部解読される前に、何かの本でこんなことを読んだことがあるんです。
それは、たとえば、まずマウスの遺伝子を解読して、つぎに人間の遺伝子を解読して、両者の遺伝子の共通の部分を取り払った残りが、そもそも人開か人間であるゆえんではないかということなんてすね。
ゲとアは、「人間が人間であるゆえんというのは、気高さであり、情け深さである」と言ってぃるんですが、T先生は、人間が人間であるゆえんは脳のはたらきにあるとお考えなんてすね。
私は、気高さとか情け深さということ自体が、脳の中でおこっている現象にもとづいてぃると思っているんです。
人間は何かというような問いに対して、文学的な概念による説明かおりますが、それが実はいったい何を意味しているかと問いつめると、概念はおぼろげになってくるんです。
いまおっしゃった情け深さということも、きっと脳の感情面を操っている部分を研究していけば、いろいろなことがわかってくると思います。
I遺伝子という立場から考えますとね、遺伝子というのはそもそも自分のコピーをできるだけ多く残すという重要な目的をもっているわけですよね。
そういう視点から見ると、情け深さなんていうのは、他人に愛情をかけるわけですから、実は遺伝にとって非常に都合の悪いものじゃないかという気もするんですが。
たとえば親子の愛情を例にとりますと、自分の産んだ子どもは、自分の遺伝子を受け継いでいるわけですよね。
ですから子どもかしっかり育つように親が愛情を注ぐということはわかるんですが、友情とか情け深さというと、ちょっと遺伝子の本来の目的に反するような気がするんですけれども。
私はダーウィンの進化論は原則的に正しいと信じているわけです。
たとえば、ある種の複数の個体が血縁関係になくても、仲間としておたがいに殺しあうことについてある程度の自制心をもって生きていくということは、その種の繁栄や延命していくのに有利であるから、そういう能力の基盤となる機構が脳にできているということだと思うんですね。
よく考えてみますと、人間がもっている能力とか感情は、相反することが共存しているわけです。
人間は一方では非常に欲があって、自分か有利になる方向へ事を進めたいわけですが、他方では人が困難な状態になっていると、かわいそうだから助けてあげたいという気持ちになります。
人間の社会は、そういったバランスの上に成立しているわけですね。
そういう意味では、人間の脳は複雑になりすぎて、機械と考えるとあまりいい機械じゃないと血言えるんです。
たとえば冷徹無比だけになっていれば、そんなに悩むことはないし、人生はよりかんたんだと思うんですけれどね。
ただ、人類全体として見ると、そういう単純な脳にしてしまうと、繁栄や延命に不利なわけです。
ですから、膨大な過去の歴史による進化の試練を経て、われわれ人間の脳はこういう複雑な機能になっているのだと思いますね。
一〇年ほど前にリチャードードーギンスの『利己的な遺伝子』という本が注目されました。
私は、Kさんという動物行動学を専門にされている女性の方か書かれた本を読んで知ったんですが、つまり、遺伝子というものは非常に利己的で、臼‥らのコピーを延々と増やそうとする。
だから、人間に限らず、遺伝子をもった個体というのは、その遺伝子の乗り捨での乗り物にすぎない、という理論なんです。
そういった意味では、人間は非常に複雑な乗り物なんですが、そのとき、私はこういうことを考えました。
実は私、子どもがたいへんほしかったんですね。
ところができなかったものですから、自分は自分の遺伝子を残すことができない。
この理論によれば子孫をもてない者というのは、個体としての責任を果たしていないのではないかと思って、ものすごく自信喪失して悩んでいたんです。
ところが、人間の体というのは単なる乗り捨ての乗り物だという考え方を知ると、かならずしも自分に子どもがいなくても、人間全体として遺伝子が残っていけばいいと考えて、すごく楽になったというか、生きやすくなったんです。
必利根川いま、Iさんがおっしゃったことをお聞さして、私は科学の功罪についてお話した匹いですね。
社会全般、とくに日本は世界で唯一の被爆国なので、科学の進展を懐疑的に見ておられる方が多いという見方があります。
しかし、実際にはいまIさんがおっしゃった例にもあるように、科学的な方法で人間を含めた自炊を研究していくことによって、われわれがもっているいろいろな誤解が解けるわけです。
そのことによって、誤解にもとづいて切実に心が滅入っていたことが、実は対象をよく理解すれば、そんなに悲観的になることはないのだということが納得できるということが多々あると思うんです。
私は科学を仕事にしているので科学信奉者なんですけれど、結局科学以外に人間のまわりでおこっていることを理解していく有効な方法があるかということを問いたいわけです。
哲学を使っても、文学を使っても、人間のまわりでおこっていることを解明して結論を出したときに、そこにはかならず主観が入るわけだから、大部分の人が同意できるような結論じゃないと思うんですね。
ただの意見ではなく、確かめることができて普遍性かおる、人を納得させられるような方法で対象を理解するというときに、科学以外に有効な方法はないと思うんです。
やはり、科学がこれだけ発展してきた一つの大きな理由は、多くの人を説得する力かおるからだと思います。
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